「震災からの20年を振り返るこちらのベース年表(白文字表示)は、「神戸新聞NEXT」にて展開中の特集コンテンツ「年表でたどる阪神・淡路大震災」を元データとし、特別企画展のために編集しました。協力:神戸新聞社
ここに、みなさんが重要だと感じている(未掲載の)できことをご紹介いただき、追記(オレンジ文字表示)しています。
20年の歩みをそれぞれに振り返るきっかけとしていただければと思います。ぜひご参加ください!
投稿はこちらから!
できごと | 投稿者 | |
1/6 | 妹誕生 | ぶーさん |
1/17 | 午前5時46分、地震発生 震源地は淡路島北部 気象庁が「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」と命名 | |
1/17 | 神戸市を皮切りに、被害の把握が可能となった市町から順次、災害救助法を適用(2/1までに10市10町) | |
1/17 | 「兵庫県南部地震災害対策本部」、「神戸市災害対策本部」を設置 | |
1/17 | 阪神淡路大震災ということで兵庫県が取り上げられることが多いけれど、実際に大阪府豊中市でも被害はあり、また被災者は学校の体育館での避難をした人もいた。幸いにも私が当時住んでいたところでは、停電があったものの震災当日すぐに復旧した。ただ今でも大きなゆれで目が覚めたことは忘れられない。 | コリラ |
1/17 | 5:46に、まさかの巨大地震!私は小学校の防災訓練を思い出したおかげで無事でした!学校の先生に感謝しました。(机の下に入る!と教えて頂きました!)やはり訓練は大事ですね!凄く、こわかった。それなのに思い出した自分にもビックリです。災害が発生したら何をすれば良いのかを、冷静に対応することにより被害が少ないと実感しました。 | Y.S |
1/17 | 3ヶ月前に亡くなった父の月命日だった | どんまい |
1/17 | たてものがぜんぶこわれてた。 | 高原しほ |
1/17 | やはり阪神淡路大震災と、それにともなう生活の苦労と心の痛手は今も消えません。 | ぴょんちゃん |
1/17 | 私は、当時小学3年生、1月末に引っこしを控えている中で被災しました。私はねぼけまなこで、「あれ?家ごと引っこしてる??」と、それくらい大きなゆれでした。引っこしのために大きな荷もつは整理されていたのでよかったのですが、もしいつもの通りだったら私の父は今ごろその荷もつにおしつぶされていたかも・・・と思うとぞっとします。今は皆元気です。 | かな |
1/17 | すごいゆれ | 三宅モエ |
1/17 | 東灘区で1階で寝ていて夫婦とも生き埋めとなり、「九死に一生」を得させて頂きました。コタツ(格帳コタツ)をけって助かりました。声は届かないことが発生。振動は外に届きます。覚えていて下さいね。命がたくさん助かります様に!人防で語り部夫婦で参加11年むかえました。(記27.1.28) | 荻野君子 |
1/17 | 20年を向かえて、命を助けて頂いて、ご恩返しの為、夫婦で人防で語り部させて頂いております。11年を迎えました。お金で買えない物の大切さをつくづく感じます。命です(自分だけの物でないと思う様になりました。先祖が有り、血を引いて自分が生かされていると思う様になりました。)皆様、人間1人では生きていけません。助け合い、支え合って生きていきましょう。いつも思う様になりました。命を大切にして下さいませ。(27.1.28記) | 荻野君子(72才) |
1/17 | 下宿先で被災しました。 | おおたにやすじ |
1/17 | こわかった | 山田龍雅 |
1/17 | 当時はまだ社会人になったばかり。朝起きるのもつらい中テレビにて大震災を知りました。私も建物を作る技術者として20年前なにかできないか考えましたが仕事に忙殺され、1年目である為休みも取れませんでした。20年経ちやっと来る事ができました。最高の町です。大好きです。 | さとちゃん |
1/17 | すごいユレ | 岡 コトミ |
1/17 | 家がゆれて家が10びょうで家がつぶれ家ぞくは、ぶしでした。あのことを忘れられません。 | 下上田有次 |
1/17 | かさい、じしん | 川端 幸大 |
1/17 | 当時、学生時代京都に居ました。震災の被災者に、友人が多数いたことを覚えています。その友人も命が助かり現在は元気で過ごしている便りが大変ありがたく思います。 | 進士 裕介 |
1/17 | 全く突然の大地震。火事が起こらなかったので家は残りました。火災は最も怖い!! | |
1/17 | 東灘区本山中町の高木医院は、この朝応急手当で多忙。軽症者(息子)付添い人・ご近所が何でも知恵を力を出し合い手伝った。レントゲンが使えず、重傷骨折手当を頼める病院探し、満足な手当のできぬ傷を洗う水探しなど手伝った。 | 千田 徹夫 |
1/17 | ガレキの下で動いてたら、火が後ろから迫ってきたけど、なんとか助けてもらった。 | ベッカム |
1/17 | 1/17 7時頃 | 残念な事であるが特に食料品略奪行為が沢山見られた。しかし数日後には見られなくなった。日本と海外との違いを感じた。 | くじら |
1/17 | 1/17~1/19 | 3日間、各市町村職員が毎日3千個のおにぎりをつくり、姫路競馬場に届けました。 | 村上秀樹 |
1/18 | すぐにボランティアとして東長田区を中心に活動 | マキ |
1/19 | 「阪神・淡路大震災地元NGO救援連絡会議」が発足 | |
1/20 | 気象庁が震度7の適用を決定 | |
1/20 | 兵庫県が応急仮設住宅の工事着工 | |
1/21 | 長田郵便局が営業再開し、被災された方のお話をきいてあげることしかできない自分がいた。 | ひろ |
1/21 | 松江市立病院から現地へ医療班として派遣。灘●●●の指示で出向いたのは母校が神戸大学教養学部の体育館でした。 | 安部裕史 |
1/23 | 避難者数がピークに 兵庫県内1153施設に31万6678人 | |
1/23 | 電気の応急復旧完了 鉄道事業者による代替バス運行開始 | |
1/25 | 兵庫県南部地震災害義援金募集委員会を設置 | |
1/25 | 父親がお風呂に入りたいと言うので、水は給水がきた時にため、地震がおきた後すぐに買い物にいき、ガス缶を購入してお風呂6時間かけて沸かした。(1週間後) | ジュン |
1/28 | 倒壊家屋等の解体が国庫補助事業として実施可能となる | |
1/31 | 電話復旧ほぼ完了 | |
1月 | 1月~3月 | 中央区若菜小学校(今は中央小学校)で住みこみでボランティア。被災した人達、小学校に通っていた子どもたち、ボランティアで来ていた人たちとの出会い、ふれあいが今の生き方に大きな影響を与えてくれた。 | とくだみぎわ |
2/1 | 学校嫌いだった私が避難先で転入した学校で優しくしてもらえた事その時仲良くなった友人とは今でも仲良しです。 | REI |
2/2 | 仮設住宅への最初の入居(五色町=現洲本市) | |
2/8 | 県立全日制高130校で授業再開 | |
2/14 | 政府が「阪神・淡路大震災」の呼称を決定 | |
2/15 | 「阪神・淡路復興委員会」を設置 | |
2/24 | 「阪神・淡路復興対策本部」を設置 | |
2月 | 透析患者の送迎ボランティアをしていて、地震により交通遮断で送迎ができなくなったとき大阪や北の方へ連れていくのに大変だった | えべっさん |
3/12 | JCで大イベントを実行しました。これを期に仕事を再回しました。 | 大川雅司 |
3/15 | 兵庫県が「阪神・淡路大震災復興本部」を設置 | |
3/16 | ボランティア人数が延べ100万人に達する | |
3/17 | 兵庫県が復興土地区画整理事業と復興市街地再開発事業を都市計画決定 | |
3/26 | 1月17日のセンター試験を終え、進学で生まれ故郷名古屋から関西へ来ました。 | あっとママ |
3月 | 地下鉄サリン事件。これにより、神戸震災の報道があまりされなくなった。 | 井本實 |
4/1 | JR神戸線が全線開通 | |
4/1 | 兵庫県と神戸市が「阪神・淡路大震災復興基金」設立 | |
4/10 | 工業用水道復旧完了 | |
4/11 | ガス復旧完了 | |
4/17 | 水道復旧完了 | |
4月 | 下水道仮復旧完了 | |
6/16 | 災害対策基本法改正、地震防災対策特別措置法制定 | |
6月 | 実動部隊の広域連携体制として、「広域緊急救助隊」「緊急消防援助隊」を創設 | |
6月 | 神戸市が「神戸市復興計画」を策定 | |
6月 | 阪急神戸線・山陽電鉄・神戸電鉄・阪神電鉄が全線復旧 | |
1995 | 震災の時、ボランティアに来てました。今、全国にいるその時の仲間とつながっている事、私の宝です。 | 拓人 こうべ |
できごと | 投稿者 | |
7/31 | ポートライナー全線復旧 | |
7月 | 「被災者復興支援会議」が発足 | |
7月 | 兵庫県が「阪神・淡路大震災復興計画(ひょごフェニックス計画)」を策定 | |
8/4 | 兵庫県が震災復興計画決定(10年で660事業、概算事業費約17兆円) | |
8/11 | 仮設住宅4万8300戸完成 | |
8/13 | 神戸高速鉄道が全線復旧 | |
8/20 | 神戸市が災害救助法に基づく避難所を廃止。翌日、待機所12カ所開設(1997年3月31日まで) | |
8/23 | 六甲ライナー復旧 すべての鉄道が復旧完了 | |
9/19 | プロ野球・オリックスがリーグ初優勝 | |
9/19 | オリックスブルーウェーブ パリーグ リーグ優秀!! | 小松 仁一 |
10/11 | 家が崩れた。 | 辻 むねみ |
10/25 | 神戸・長田で映画「男はつらいよ 寅次郎紅の花」のロケ(12.23公開) | |
10月 | 災害復興(賃貸)住宅の第1次募集を開始(以降平成9年の第4次まで実施) | |
11/1 | 仮設住宅の入居者ピーク | |
11月 | 神戸市教育委員会が副読本「しあわせはこぼう」初版を発行 | |
11月 | 近畿2府7県、滋賀県で初の合同防災訓練を実施 | |
12/8 | 災害対策基本法改正 | |
12/15 | 初の神戸ルミナリエ | |
12月 | 流行語に「がんばろうKOBE」「ライフライン」「安全神話」 | |
1995 | トイレが無かった。 | 緋牙 |
1995 | All India Disaster mitigation Institute was started after fouinded after the Kobe earthquake. The inspiration was drawn from the Yokohama 1995 world conference. | mihir bhatt |
できごと | 投稿者 | |
1月 | ボランティアの延べ人数が約138万人にのぼった | |
2/10 | I was not born yet. | Janell Lim |
2/15 | 震災をきっかけに結婚することを決めました。息子も今年で18才になります。家族を失った方々がたくさんいる中で自分自身の家族を作る事はとても大切だと痛感しました。 | たけきち |
2月 | 県、近畿2府7県震災時等の相互応援に関する協定を締結 | |
4/1 | 私が消防という仕事についた日。あの日、消防車消防士を見ることがなかった。友人と燃える家をながめていた。友人の家は燃えつきた。消防の仕事についてわかったことと。消防にも限界がある。だからこそ、地域のつながり、助け合いが必要。しかし、今またあの地震が起きてしまったら、私は自分が倒れるまでがんばる。 | GO |
4/28 | そごう神戸店が全面再開 | |
4月 | 「阪神・淡路大震災地元NGO救援連絡会議」が「阪神・淡路大震災『仮設』支援NGO連絡会」と「NGO外国人救援ネット」に改組 | |
6/22 | 神戸東部新都心(HAT神戸)の建設開始 | |
7/17 | 2年ぶりに神戸まつり開催 | |
7月 | 「阪神・淡路大震災復興支援館」(フェニックスプラザ)オープン(2002年3月まで) | |
8/10 | 被災地内の交通規制すべて解除 | |
9/30 | 阪神高速道路神戸線が全線開通 | |
9月 | 県、フェニックス防災システムの運用開始 | |
10/24 | プロ野球・オリックスが日本一に | |
10月 | 「兵庫県消防防災航空隊」が発足 | |
11/19 | サッカー・ヴィッセル神戸がJリーグ昇格 | |
1996 | In 1996 AIDMI was invited by Ken Kusachi to come meet the victims of the Kobe earthqueke and give the ideas on recovery. | mihir bhatt |
1996 | 震災で壊れた学校のプールの修繕が終わり、プール授業が再開された。 | taka |
できごと | 投稿者 | |
3/2 | 大丸神戸店全館で営業再開 | |
3/29 | 神戸・異人館「風見鶏の館」復旧 | |
4/28 | 神戸・灘区の被災マンション、建て替えめぐり初の提訴 | |
5/19 | 神戸港復興宣言 被災したメリケン波止場の一部を保存したメモリアルパーク7月完工 | |
6/21 | 神戸ベイシェラトンで結婚式 | akken0227 |
8月 | 「生活再建支援金」の支給開始 | |
12/15 | 復興住宅の4次募集で、なお仮設の7000世帯落選 | |
12月 | 「(財)阪神・淡路大震災記念協会」を設立 |
できごと | 投稿者 | |
3/9 | 「神戸の壁」が淡路へ移設 | |
3/19 | 特定非営利活動促進法(NPO法)成立、施行は12月 | |
3/28 | 神戸東部新都心(HAT神戸)、西宮浜、南芦屋浜でまち開き | |
3月 | がれきの処理を完了 | |
4/2 | 野島断層を保存、展示する「北淡震災記念公園」がオープン | |
4/5 | 明石海峡大橋開通 | |
4/5 | 明石海峡大橋開通 | taichou |
4月 | 「阪神・淡路大震災『仮設』支援NGO連絡会」が「被災地NGO恊働センター」に改称 | |
4月 | 世界保健機構(WHO)健康開発総合センター HAT神戸に開設 | |
4月 | 国際エメックスセンター(EMECS) HAT神戸に開設 | |
5/22 | 最高100万円支給の「被災者生活再建支援法」が成立 | |
5月 | 「被災中高年恒久住宅自立支援金」の支給開始 | |
7月 | (財)都市防災研究所「アジア防災センター(ADRC)」 HAT神戸に開設 | |
7月 | 「野島断層」国の天然記念物に | |
11月 | 「被災者自立支援金」の支給開始 | |
12月 | 被災地最後の旧待機所が解消 |
できごと | 投稿者 | |
1/9 | あしなが育英会による震災遺児ケア「レインボーハウス」完成 | |
2/15 | 神戸の観光客数が震災前に戻る | |
4月 | 「被災者復興支援会議 」が発足 | |
5/11 | 兵庫県内の全復興公営住宅が完成 | |
5/28 | 神戸国際会館が復興オープン | |
8/11 | アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN)センター HAT神戸に開設 | |
8/17 | トルコ北西部地震 | |
9/1 | 神戸地方気象台 HAT神戸に開設 | |
9/21 | 台湾地震 | |
11月 | 復興市街地再開発事業地区の「売布神社駅前(宝塚市)」で事業完了 | |
12/20 | 神戸市の仮設住宅が全面解消 | |
12/31 | 24歳、学生です。 | 松原 光すけ |
1999 | 両親が離婚し、良くも悪くも人生が大きく変わり、自分自身成長できた | 太田有香里 |
できごと | 投稿者 | |
1/12 | 神戸市東遊園地で「慰霊と復興のモニュメント」完成 | |
1/14 | 明石市の仮設住宅が解消。被災地の仮設入居者ゼロに。震災から約5年、1823日後。 | |
2/23 | 政府の復興対策本部解散 | |
2月 | 国連人道問題調整事務所(OCHA)神戸事務所 開設 | |
3/18 | 「ジャパンフローラ2000」淡路花博開幕(?00年9月) | |
3月 | 仮設住宅撤去完了 | |
4/15 | 私の実兄(長男)が1週間入院後、亡くなりました。仲良く相談あいてでした。私と一回り違いです。 | 兵庫 一郎 |
4月 | 復興市街地再開発事業地区の「六甲道駅南第一地区(神戸市灘区)」で事業完了 | |
5/24 | 自分が生まれ | 廣津功輝 |
8月 | 兵庫県災害対策センター 開設 | |
9/11 | 東海豪雨で勤務先の支店が水没。入社1年目で社内の災害応援に選ばれてしまいました・・・。(個人的防災のスタートでした。) | S・saka |
9/11 | 私がうまれた年でした。本当に話をきいたらこわかったです。 | 山川良平 |
9月 | 復興市街地再開発事業地区の「宝塚駅前第2工区(宝塚市)」で事業完了 | |
10/6 | 鳥取県西部地震 | |
11/11 | 自分が生まれたこと | 江口 |
12/2 | うまれた日 | 朝尾健斗 |
12月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「神前町2丁目北地区(神戸市灘区)」で事業完了 | |
12月 | 生まれた | ヤマチャ |
できごと | 投稿者 | |
1月 | 「1.17ひょうごメモリアルウォーク2001」を実施(以降、毎年1月に実施) | |
2/21 | 震災復興土地区画整理事業地区の「鷹取東第一地区(神戸市長田区)」で事業完了 | |
3/6 | 自分が生まれた! | 有馬樹 |
3/24 | 芸予地震 | |
3月 | 復興市街地再開発事業地区の「西宮北口駅北東地区(西宮市)」で事業完了 | |
4/1 | 孫の世話のために京都から震災地神戸に転居した。 | のんちゃん |
4/17 | 私が生まれた日です。その日は私の日です。生まれて良かったです。 | 鯉田唯花 |
4/23 | 気象庁がマグニチュード計算法の見直しを決定、阪神・淡路大震災をM7・2からM7・3に修正 | |
4月 | 「被災者復興支援会議 」が発足 | |
6/9 | 誕生日 | ミラクル グッチ |
6/12 | 神戸市の人口が150万人に回復 | |
6月 | 地球環境戦略研究機関(IGES)関西研究センター HAT神戸に開設 | |
7/7 | 神戸市営地下鉄海岸線 開業 | |
7/31 | 貝原俊民・兵庫県知事が退任。翌日、井戸敬三新知事が初登庁 | |
7月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「六甲道駅西(西地区)(神戸市灘区)」で事業完了 | |
8/16 | 国連人道問題調整事務所(OCHA)神戸事務所(HAT神戸) 開設記念式典 | |
9/11 | 「米国同時多発テロ」自然災害を防ぐことよりも、人間の利害対立を防ぐことの方が、はるかに容易だと思う。 | 山本全康 |
10月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「森具地区(西宮市)」で事業完了 | |
11/30 | 被災10市10町(当時)の人口合計が被災前に回復 | |
12月 | 復興市街地再開発事業地区の「六甲道駅南第三地区(神戸市灘区)」で事業完了 | |
2001 | In 2001 in Gujarat eartquke AIDMI played important role drawing from Kobe earthquake and launched the safer school campaign that is nor National Safer School Programme of Goverment of India. | mihir bhatt |
できごと | 投稿者 | |
2/8 | 生まれた!!!!! | 鮭田唯花 |
2/8 | 私が生まれました。そして、生まれた時に泣きました。おかあさんとおとうさんも泣きました。うれしかった。 | ピコちゃん(仮名) |
2月 | NPO法人阪神淡路大震災「1.17希望の灯り」 設立 | |
4/1 | 兵庫県立舞子高に「環境防災科」設置 | |
4/27 | 人と防災未来センター 開設 | |
4月 | 兵庫県立美術館 開設 | |
4月 | 現・JICA関西の前身「兵庫国際センター(JICA兵庫)」 HAT神戸に開設 | |
5月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「芦屋中央地区(芦屋市)」で事業完了 | |
6月 | ひょうごボランタリープラザ 開設 | |
6月 | 2002FIFAワールドカップTMの神戸開催 | |
7/19 | 東南海・南海地震防災対策特別措置法が成立(指定の推進地域は津波対策義務付け) | |
8/2 | 娘が誕生し父となった事を実感した。父としてあらためてこの震災を考えた時、とてもかなしくつらくなった。そして娘にもこの震災について伝えないといけないと考えた。 | アユカパパ |
9月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「湊川町1・2丁目地区(神戸市兵庫区)」で事業完了 | |
10/10 | 国際防災・人道支援協議会(DRA) 設立 | |
11/14 | 生まれました! | 澤田智則 |
できごと | 投稿者 | |
1月 | ガガガSPのカバーによる「満月の夕」マキシ・シングルCD発売。オリコンチャート11位を記録。 | |
2月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「森南第一地区、第二地区(神戸市東灘区)」で事業完了 | |
3/18 | 東海地震の死者を最悪1万人とする被害想定を中央防災会議が発表 | |
3月 | 復興市街地再開発事業地区の「仁川駅前地区(宝塚市)」で事業完了 | |
4/17 | 東南海・南海地震の被害想定を中央防災会議が発表 | |
4月 | (財)阪神・淡路大震災記念協会 HAT神戸に移転 | |
4月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「御菅東地区(神戸市長田区)」で事業完了 | |
5月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「芦屋西部第一地区(芦屋市)」で事業完了 | |
8月 | 兵庫県災害医療センター、神戸赤十字病院、日本赤十字社兵庫県支部 HAT神戸に合同開設 | |
9月 | 復興市街地再開発事業地区の「六甲道駅南第四地区(神戸市灘区)」で事業完了 | |
10/3 | 神戸マルイがオープン | |
12/17 | 「慰霊と復興のモニュメント」に神戸市外犠牲者らを初めて追加 |
できごと | 投稿者 | |
2/13 | 息子が生まれた | イシカワ |
3/31 | 被災者生活再建支援法の改正案成立(4月1日に居住安定支援制度施行) | |
3月 | 復興市街地再開発事業地区の「六甲道駅南第二地区(神戸市灘区)」で事業完了 | |
4/1 | 兵庫県こころのケアセンター HAT神戸に開設 | |
4月 | 兵庫県立広域防災センター 三木市に開設 | |
9/27 | 連続テレビ小説「わかば」放映開始(?2005.3.26まで)神戸を舞台に震災遺児が主役 | |
10/23 | 新潟県中越地震(M6.8) | |
10/23 | 新潟県中越地震 怖かった、ゆれた、食べ物、無かった。大変だった。 | 斎藤大樹 |
11/1 | 神戸市の人口が震災前に回復 | |
11/1 | わたしはこの日うまれました。そしてパパとママに会うことができました。 | さき |
12/26 | スマトラ沖地震 | |
12月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「松本地区(神戸市兵庫区)」で事業完了 |
できごと | 投稿者 | |
1/12 | 六甲・淡路島断層帯の長期評価を政府の地震調査委員会が発表 | |
1/17 | 阪神・淡路大震災から10年。兵庫県内各地で追悼式 | |
1/18 | 神戸市で国連防災世界会議、「兵庫宣言」と「兵庫行動枠組」を採択 | |
1月 | 「実大三次元震動破壊実験施設(E−ディフェンス)」が完成 | |
2月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「芦屋西部第二地区(芦屋市)」で事業完了 | |
3/20 | 福岡県西方沖地震(M7.0) | |
3月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「森南第三地区(神戸市東灘区)」「御菅西地区(神戸市長田区)で事業完了 | |
3月 | 兵庫県が災害対策本部を廃止、神戸市が災害対策本部を廃止 | |
4/1 | 「ひょうご安全の日」制定 | |
4月 | 県、「ひょうご防災ネット」運用開始 | |
5/11 | 国際防災復興協力機構(IRP) HAT神戸に開設 | |
8/8 | 兵庫県教委が、震災の影響を合否の判断材料とする臨時措置終了 | |
9/1 | 兵庫県独自の「住宅再建共済制度(フェニックス共済)」スタート | |
9月~ | 神戸市内7カ所でその後の防災教育イベントとして全国・世界に広がる「イザ!カエルキャラバン!」の原形となったイベント「神戸カエルキャラバン2005」開催 | |
9/17 | JR六甲道駅南地区で再開発事業完了 | |
10/22 | 兵庫県立芸術文化センター オープン | |
11/1 | わたしはこの日うまれました。そしてパパとママに会うことができました。 | さき |
12/22 | 阪神・淡路大震災の死者数が6434人に |
できごと | 投稿者 | |
1/15 | 娘が産れた日。自分よりも大切で守りたいものができた。元気でいてくれるだけで幸せ。ありがとう。 | とも |
1月 | 「1.17防災未来賞(ぼうさい甲子園)」 創設 | |
2/16 | 神戸空港 開港 | |
3/31 | 「阪神・淡路大震災復興誌」全10巻の第10巻を(財)阪神・淡路大震災記念協会が発行 | |
3月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「六甲道駅西(北地区)(神戸市灘区)」で事業完了 | |
4月 | (財)阪神・淡路大震災記念協会が「(財)ひょうご震災記念21世紀研究機構」に改組 | |
4月 | 復興募金、「高齢者自立支援ひろば設置事業」を創設 | |
4月 | 災害派遣医療チーム「兵庫県版DMAT」を独自に育成 | |
5/19 | 発生から11年で被害が確定(消防庁が、一部損壊住宅や公共施設の最終的な被害個所数などを発表) | |
9/16 | 震災10年を機に神戸をロケ地に撮影の映画「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」公開 | |
9/30 | 「のじぎく兵庫国体」開幕。その後兵庫県の公式マスコットとなるはばタン誕生。 | |
10/4 | 旧神戸新聞会館跡地に「ミント神戸」オープン | |
11月 | 兵庫県が県内市町と災害時相互応援に関する協定を締結 | |
12/24 | じぶんがうまれた | 田中あきひと |
2006 | 目のしゅじゅつ2回 | ビッキー |
2006 | AIDMI joined Worl Bank and Provention Consortium at the launch of International Recovery PLatform in 2006. | mihir bhatt |
できごと | 投稿者 | |
1月 | 人と防災未来センターを見て、自分の身は自分で守ろうという意識がついたきっかけになった。 | 阪北岳 |
3月 | 能登半島地震 阪神・淡路の経験から国が打ち出した、要援護者の支援策としての「福祉避難所」を初めて設置 | |
5/27 | カトリックたかとり教会 再建 | |
6/4 | 母が亡くなりました。家族が元気に生きているという日常がどれ程幸せなことかをしみじみ感じました。今を精一杯生きることを大切にしたいと思います。 | くぼちゃん |
7/16 | 新潟県中越沖地震(M6.8) | |
10/1 | 緊急地震速報 本格運用開始 | |
10/14 | 国連国際防災戦略(UNISDR)駐日事務所 HAT神戸に開設 | |
10月 | 兵庫県住宅再建共済制度に「マンション共用部分再建共済制度」を新設 | |
11/9 | 被災者生活再建支援法の一部改正 使途を限定しない定額渡しきり方式に見直し | |
11月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「築地地区(尼崎市)」で事業完了 |
できごと | 投稿者 | |
3月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「鷹取東第二地区(神戸市須磨区)」で事業完了 | |
3月 | 復興市街地再開発事業地区の「新長田駅南第三地区(大橋四地区)(神戸市長田区)」で事業完了 | |
5/12 | 中国・四川大地震 | |
6/14 | 岩手・宮城内陸地震(M7.2) | |
6/17 | 野球で初ヒット | 澤田智則 |
10月 | 震災復興土地区画整理事業地区の「西宮北口駅北東地区(西宮市)」で事業完了 | |
2008 | 東日本大震災で被災した人が福岡にきて、話をしてくれた。 | 勇者ヨシヒコ |
できごと | 投稿者 | |
3/22 | 震災の復旧・復興において重要な教訓100項目を整理した兵庫県編集の書籍「伝える?阪神・淡路大震災の教訓?」発行 | |
3月 | JR西日本、高架橋の柱約3万2500本の耐震化を完了 | |
4月 | 兵庫県尼崎で中学校の教師になりました。あの日の事を多くの子ども達へ伝える事ができればと思います。 | 学 |
9/29 | 「鉄人28号」のモニュメント、神戸市長田区に完成 | |
10/30 | 震災復興土地区画整理事業地区の「富島地区(淡路市)」で事業完了 |
できごと | 投稿者 | |
1/2 | さきちゃんがうまれた。 | パパ |
1/12 | ハイチ大地震(死者20万人を超える被害) | |
1/17 | ひょうご安全の日のつどい(震災15周年追悼式典等) 実施 | |
1/17 | 神戸震災復興記念公園 開園 | |
1/17 | テレビドラマ「その街のこども」放映。後、劇場版も公開 | |
1/17 | 1.17の神戸を初めて訪れた日。 | YOHEI |
2/15 | 「住宅再建共済制度」に家財の補修・購入費を給付する制度を新設すると兵庫県が発表 | |
10/24 | 山手幹線が全線開通 | |
11月 | 震災時、避難所ともなった二葉小校舎をリノベーションした「神戸市立地域人材支援センター」開設 | |
12/1 | 関西の11県市による「関西広域連合」設立。広域防災を兵庫県が担当 | |
12/22 | 都市再生機構から借り上げた復興市営住宅について借り上げ契約期限の延長方針を宝塚市が表明、震災被災地の自治体で初 |
できごと | 投稿者 | |
2/22 | ニュージーランド地震 | |
3/11 | 東日本大震災(Mw9.0) | |
3/11 | 東日本大震災 | えぐろう丸 | 浅香太平 | 土田大洋 | リョーマ | 田中万由子 | 和田七夏 | ゴージャス2号 | ブッチー | ひいちゃん | マサゾー | みな |
3/11 | 東日本大震災 つなみ | 菜乃花 | りの | 竹ノ下様 |
3/11 | じしん・つなみ | 菜乃花 | りの |
3/11 | 東日本大震災および福島第一原発事故 これを機に東日本から奈良へ引越しました | 足立R |
3/11 | パパがとうほくじしんのおうえんにいった | うつみはるか |
3/11 | 知らない人の家に泊めてもらった。 | 荒木真吾 |
3/11 | 東北地震 娘が幼児(0才と2才)をつれて、新宿に出かけてたとき、高島屋にいて被災。5時間歩いて自宅に帰った。 | おおやぶのぶこ |
3/11 | 東日本大震災があって、人助けはとても心強くなれるし、自分もボランティアをしてみようと思った。 | ゆづきち |
3/11 | 東日本大震災で、人々が助けあっていてあたたかいなと思った。 | せのおみ。 |
3/11 | 東日本大震さい たくさんのボランティアに人たちが東北に行き人と人とが協力しあった。 | さくら |
3/11 | 東日本大震災で、自分は被害にあってはいけないけど、地震+津波というのがこわかった。 | Ender |
3/11 | 東北大震災があった時の朝、ゆれたのがびっくりしました。今後、南海トラフがあるかもと言っていますがおきない事を願います。 | 藤ヶ谷太輔 |
3/11 | 卒業式が終わって家に帰ると、鍵を忘れた。 | リホ |
3/11 | 東北大震災のとき、涙している人などを見ると胸がすごくいたくなりました。 | 岩田 剛典 |
3/11 | 東北の大震災のとき、朝ゆれたのが少し怖かった。 | ししゃも |
3/11 | 東日本大震災がおきた。学校でテレビを観て、大急ぎで家に帰り、トッポを食べながらニュースの続きをみた。 | とりとん |
3/11 | 東日本大しんさいがあった。私はぐんま県で車の中にいた。あわててこうどうをとらないことが大切。 | るみ |
3/28 | 震災復興土地区画整理事業地区の「新長田駅北地区(神戸市長田区)」で事業完了(全20地区の完了) | |
3・4月 | 友達の家に行ってちょっとしてからじしんにあった。 | まお |
4/27 | 政府の中央防災会議が国の防災基本計画改定決定 (想定する地震規模などを見直し、東海・東南海・南海の連動地震の対策に反映させる) | |
4月 | JR豊岡駅で地域初の東日本大震災への募金活動を学校の生徒会の呼びかけではじめた。 | よなけん |
5/6 | 初めて東松島市に災害ボランティアに行った。事前にニュースで様子を知っていたので、現場ではそれほど驚かなかった。しかし、ボランティアから帰ってきて、関西の平和な日常とのギャップに違和感を覚えてのが印象的だ。 | いぬい |
6/24 | 東日本大震災復興基本法制定、津波対策の推進に関する法律制定 | |
6/26 | 中央防災会議東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会中間報告。地震や津波の想定規模を千年に一度の最大クラスへの拡大を打ち出す。 | |
7/21 | 水谷修さんの本を読んで生まれながら、悪い子供はいないと言っていて、大人の世界が悪いから、子供達の間で、いじめとかある事を知りました。だから、近くの人から、大切にして行き、出来る事をやって行きたいです。 | 新小倉政美 |
7/21 | おきなわに行っておじいちゃんにあった。うれしかった。海がとうめいでいってよかった。おきなわのりょうりをたくさんたべた。 | ゆいっち |
8月 | 兵庫県立大学防災教育センター HAT神戸に開設 | |
8月 | 初めて、東日本大震災の被災地ボランティアに。一歩ふみだすことの大切さと、メディアを通した情報以外に自分で集める情報の大切さを知りました。 | みき |
9/28 | 中央防災会議東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告 | |
11/20 | 「感謝と友情」をテーマとする「第1回神戸マラソン」開催 | |
12/14 | 津波防災地域づくりに関する法律制定 | |
2011 | 東日本大震災が起こって命が大切だと思った。 | 田中美梨華 |
できごと | 投稿者 | |
1/17 | すごいじしんがり、たいへんだなと思いました。 | もかりん |
1/17 | とてもすごいじしんだと思いました。これからは、なくなってほしいです。 | みさりん |
3/7 | 中央防災会議防災対策推進検討会議中間報告 | |
3/31 | 南海トラフの巨大地震モデル検討会第一次報告 (震度分布、津波高(50mメッシュ)等の推計) | |
3月 | 震災直後に作られ、歌い継がれてきた復興ソング「しあわせ運べるように」のCD、メジャーレーベルより発売 | |
5月 | 中越地震の被災地に初めていった。 震災の当事者ではないが、○年目の「いま」にかかわるということについて、考えた。 | さっきー |
6/27 | 災害対策基本法改正 | |
7月 | In July 2012 AIDMI joined Hyogo Prefecture and Nagoya University to launch unique yrilateral India Japan Indonesia tsunami revovery programme to see recovery from the point of views of three different but important Asian cultures. | mihir bhatt |
7/19 | 防災対策推進検討会議南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ中間報告(当面取り組むべき対策等) | |
7/31 | 中央防災会議防災対策推進検討会議最終報告 | |
8/5 | 主人が亡くなった。大阪→神戸へ引越してきた。心の傷をもった方が住む神戸で私も生きていきたい。 | れっこん |
8/29 | 南海トラフの巨大地震モデル検討会第二次報告(津波高(10mメッシュ)、浸水域等の推計)、防災対策推進検討会議南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ 被害想定第一次報告(建物被害・人的被害等の推計) | |
8月 | 2008年ユネスコ創造都市ネットワークのデザイン都市に認定された神戸市が、拠点施設「デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)」を開館 |
できごと | 投稿者 | |
3/7 | 新津波警報の運用を気象庁が開始 (巨大地震の場合、第1報は高さ予想を出さず「巨大」「高い」と表現) | |
3/18 | 防災対策推進検討会議南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ 被害想定第二次報告(施設被害、経済的被害等の推計) | |
3/25 | 借り上げ復興住宅の入居期限を神戸市が一部延長へ | |
3/27 | 借り上げ復興住宅の入居者のうち住み替えに配慮を要する世帯については一定の基準に基づき、継続入居を兵庫県が容認 | |
3/29 | 大切な人と共に歩んでいくと決めた日。 | まみ |
4/4 | ボランティアにいった。 | やなどん |
4/13 | 急に地震がきてびっくりした。 | たらっく |
4/13 | 急に地震がおこった。(淡路島地震) | タコヤッキー(タツヤンキー) |
4月 | 今のゼミに入って、ゼミ生と出会って活動できていること | みゆ |
4月 | じしんがおきた | ほの |
5/28 | 防災対策推進検討会議南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ 最終報告 | |
6/21 | 災害対策基本法改正、大規模災害からの復興に関する法律制定 | |
6/24 | たんじょうびー | ぐしピー♡ |
9月 | 復興と恩返しをテーマとし、震災10年からはじまった無料のチャリティ音楽フェスティバル「COMIN' KOBE」が、神戸市文化奨励賞 | |
10/18 | 広島土砂災害のボランティア・壊れた自宅から災害前に亡くなられた方のお骨探しで出会う。月命日を迎える前に骨壷が見つかった。 | のんち&くわちゃん |
10/21 | 成人しました | さっちょ |
11/22 | 南海トラフ特措法成立 | |
11/29 | 南海トラフ地震にかかる地震防災対策の推進に関する特別措置法(東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(2014年7/26制定を改正))、首都直下地震対策特別措置法制定 | |
2013 | 神戸市民のうち震災を経験していない割合、4割超に | |
2013 | 2020年のオリンピックの場所が東京になった。 | けん玉ン |
2013 | じしんがあった。でもねてたけどとびおきたけどすぐおわった。 | ケロロン |
できごと | 投稿者 | |
1/14 | 借り上げ復興住宅を神戸市が一部買い取る方針を表明 | |
1/17 | 阪神・淡路大震災から20年 | りなっぴ |
1/17 | お母さんとお父さんの時に、ねているときに、ぐらぐらして、最初はお父さんが家をゆらしてると思ったけれどじしんだったから、そのとき、初めてじしんをわかった。 | 服部直弥 |
1/27 | 今日は、修学旅行でした。すごく楽しい♡♡ | ゆりゆり |
1/27 | 今日はゆりゆりといっしょに修学旅行ナウ!! | いのちー |
2/14 | 結婚しました。大切な家族が出来ました。 | くりはら |
3/20 | 高校入試合格 | 今川裕人 |
4/7 | 3年生の新しい友達ができた。 | 太田成美 |
4/17 | 震災20年事業がスタート 4月から1年間多彩な行事を展開 | |
4月 | M8.5チリでの地震 日本にも波がおしよせたそうです | anonymous |
4月 | 少しの地しんだったけど何だろう。と思ってたけれどお母さんが守っていたので地しんだと分かった。とてもびっくりして、こわかった。 | 高木歩佳 |
5/26 | 福島を初めて訪れた日。九州に住んでいた時には深く考えなかった震災について考えるようになった、大切な日だと思います。 | ちぐちぐ |
6/2 | 事故った | takumi |
6/17 | 借り上げ復興住宅の継続入居要件を兵庫県が緩和 | |
7/20 | 外国にすんでいたときのまいにちあそんでいた友だちと日本でキャンプをできることがたのしかった。 | 立浪未都(本山第二小学校) |
8/14 | ハタチ。とても特別でした。 | マシュマロン |
8/20 | ポートライナーで、いすが、あがらないのに、あげてはずかしかったこと。 | ともちゃん |
8/29 | 土砂災害。どろかきした。 | がん |
8月 | 全国に友だちが増えた!高校生活が初まった! | ゆーきゃん |
8月 | 8/1~30 | 夏休みに弱じしん | ミラバルカン |
8月 | 8/1~30 | じしん弱 | ソニア・グラン |
9/12 | 9/12~9/15 | 岩手のボランティアで仲良くなった後輩と岩手県に旅行をした | 前林佑輔 |
9/27 | 7年ぶりに綾萌と復縁 | 福島拓弥 |
10/3 | 10/3~7 | 自然学校という行事でハチ高原に行った。(とても楽しかった) | 太田有祐宜 |
12/20 | 火事 | 死神 |
12/29 | 初めて2人が出会った日。 | S.M |
2014 | 5年生の夏に、そんなに大きくはないけどじしんがあって、すごくびっくりしました。 | 松本ひかる |
2014 | 地しんが起きた。もっと命を大切にしようと思う。 | いお |
2014 | いきなりじしんがおこった。 | ねこねこ |
2014 | Englishキャンプに行ったとき、夜中2時に大分で地震がおきた。 | 智穂 |
2014 | ボランティアをした。 | やなどん |
2014 | 助け合い、自助・共助・共助未然に防ぐこと。 | 中森海斗 |
2014 | 地しんがあった。 | かきピー |
2014 | あさにゆれだして、お母さんがすぐにきてくれた。 | 藤原愛翔 |
できごと | 投稿者 | |
1/11 | 震災20年目の1月17日の6日前。20歳の誕生日と成人式をむかえた。震災とともに20年を過ごして、共に20年を過ごして、共に20年をむかえた。 | 神戸女子 |
1/11 | 成人式。その後にあった同窓会で8年ぶりに同級生と会ってたわいもない会話をした。 | ピヨスケ |
1/12 | 自身の成人式の2日後に震災があった。地震の年に生まれた子たちが成人式。自身も2度目の成人式を迎えた気分です。 | イシカワ |
1/17 | 阪神・淡路大震災から20年 | |
1/17 | In 2015 AIDMI joined the International Recovery Programme and Hyogo Prefecture at 15th International Recovery Forum to draw from Indian and Japanese experiences for HFA2. On the panel request was made to draw from the two great Asian concepts of Wabi Sabi in Japan and Bahudha in India to understand disater recovery in better and fuller manner in future. Wabi Sabi is not only a concept for beauty but also for utility and economy and social construction. Let us find new in old and old in new as we prepare for and recover from disasters. Bahudha means multiplicity. There is no single but many ways of reaching recovery. All ways are valid. India and Japan has so much to offer to each other and to Asia in the coming century. Today on 17th of January 2015 this entry is made by Mihir Bhatt with Imai-san as a small token on respect to the great recovery efforts of the people of Kobe and Murata-san. Arigatogozaimus! | mihir bhatt |
1/17 | 木村紺・作の漫画「神戸在住」がテレビドラマ、映画化され、同時公開。 | わかこ |
1/17 | 23年間生きてきて、初めてここに来ました。ビデオや、1.17のつどいに参加し、改めて、家族や周りの人達の大切さに気づくことができました。 | 蛯原 茜 |
1/17 | 家族4人で人と防災未来センターに訪問。たくさんのことを学びました。 | ymya |
1/17 | 私が今できることについて真剣に考えるきっかけができた。神戸に来て良かった。 | まいきょ |
1/17 | マンションたいせつです。 | さとうここみ |
1/17 | ちゃんともくとうをして、いのってあげるのが大事 | みずちん |
1/17 | 阪神・淡路大震災 | 藤田泰誠 |
1/18 | ウォーキングでひなんのものをもらえました。(ぼうさいグッツ) | 安藤 詩歩 |
1/19 | ここにきて、ぼうさいのことを学習した。 | りた子 |
1/22 | 今日、ここに来た。いろいろな事がわかった。 | デスサーティーン |
1/22 | 今日ここにきて、生まれてなかったけど、そのとうじのいろいろなことをしった。 | 実力派エリート迅悠一 |
1/22 | 「ひとと防災未来センター」で、防災について学びました。地震の怖さを知りました。 | 千種 葉月 |
1/24 | じしんの歌「しあわせはこべるように」をいっしょうけんめいに歌う。(じしんのことを考えながら) | 石川 芽依 |
1/31 | すきーがうまくなった。すきーがうまくなってうれしかった。 | 太田誠人 |
2/1 | ろくがテレビみた | 中右 琉来 | 神谷 清士郎 |
2/3 | 地震があった。 | #ハッピー☆ |
2/3 | 学校でねてたら震度2くらいでゆれた。 | Nanako |
2/4 | 近所の人に助けてもらったから、こおやった、町がつくれた。という所に感どうしました。 本山第二小学校4年 | 辻村 璃乃 |
2/4 | 私はじしんにあったことがないのでじっさいにけいけんしてこわかったです。 | 西村 美咲 |
2/6 | 神戸体験をして地震の怖さをしった。 | マル |
2/6 | 美術の先生がしんさいのお手伝いをしていたこと。びっくり~マン | 浅尾 けんと |
2/6 | 神戸班別でしんどかった・・・。 | まめだいふく |
2/6 | 学校の授業で美術の先生の話はびっくり | タッチャン |
2/6 | 神戸体けん学習 | チョウジゲン | ジンガ |
2/10 | バス事故った。 | devil |
2/11 | ぼうさいセンターに行った。 | 森本実里 |
2/20 | If you belive in God,You can be happy! | anonymous |
2/20 | かなしい。Cheer up!!I Love Japan. I'm Korean. We are the one! | Baek sae Romi |
2/20 | Fighting!Cheer Up | Byun Ye Jin |
2/20 | ごめんなさい ありがとう | anonymous |
2/22 | ぼうさいせんターにきてべんきょうになりました。 | らいちゃん |
5/22 | たんじょうび | くと |
2015 | 街がキレイになった。イイネ!! | サイトー タキ |
- | 映画を見ようと思っていた時に、北九州で大きな地震がおきた。 | 渡邊智穂 |
- | 知らない人の家に泊めてもらった。 | 荒木真吾 |
- | 東日本大震災で、ボランティアとして支援を周りの県がしていて、人は支え合って生きていかなければならないと感じた。 | あやか |
- | 震災の時、ボランティアに来てました。今、全国にいるその時の仲間とつながっている事、私の宝です。 | 拓人 こうべ |
- | 友達ご近所の人たちのかかわり | 藤原 胡桃 |
- | 実際に体験をしてなくて、本当の状況などは、あまりわかりません。だけど20年とゆう年でものすごくかわって体験をしていないけどもっと多くの人に伝えることが大切です。 | 田中 |
- | 震災で友達を亡くした。 | Kirropi |